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社長コラム

体育のH先生その2

2018年6月 1日掲載

 私の通った、自由な校風で知られる県立高校。夢のハイスクールライフを思い描いて登校しましたが、高校一年生の担任は、近隣で名の通った、厳しい指導で有名なH先生。はてさてどんな高校生活になったのやら...。入学式が終わり、1年A組になった私は教室の席につきました。H先生はびしっと決めた格好で教室に入り、何も言わずに黒板に書いた言葉が、「謙譲の美徳」でした。先生の座右の銘です。そこから小一時間、ご説明を頂き皆がそろそろ飽きだした頃、おしゃべりをしだした生徒に向かって「貴様!!!何をしておるか!!」クラスには改めてピリッとした空気が。このような調子で帰りのホームルームは早くて30分、長くて1時間半にわたりました。クラスの会長になったO君は先生の叱責の矢面となり、急性胃腸炎を患いましたが、苦笑いしながら一年間頑張りました。今でもO君はすごい男だなあ、と思います。
 私は、入学式の後に「お前は野球部か陸上部に入れ!!」と明言されておりました。陸上部はH先生が顧問、野球部も体育科の先生が顧問だから、という理由でしたが、私はバレー部に
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入りたかったので、その旨を説明すると、「バレー部ならよし!!」。バレー部の顧問は、H先生の大学の後輩の体育科の先生だったのです。ところが父親との家族会議の結果、テニス部という事になり、それを聞いたH先生から「貴様――!!!軟弱な部活とはどういうことか!!」とこれまたお叱りを(笑)。しかし、それをばねに3年間やり通し、今もまだテニスを続けられております。忘れえぬ、H先生のお話でした。

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